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長島愛生園に1834人の解剖録 常態化を裏付ける資料

長島愛生園で見つかった「解剖録」の一部
長島愛生園で見つかった「解剖録」の一部
 瀬戸内市の国立ハンセン病療養所・長島愛生園で、開園翌年の1931年から56年の間に死亡した入所者のうち、少なくとも1834人の「解剖録」があることが分かった。年代によっては当時亡くなった入所者の9割を超えている。療養所で解剖が常態化していたことを裏付ける資料で、同意に関しても疑問が残るケースがあるという。

 ハンセン病療養所入所者の遺体解剖を巡っては国の「ハンセン病問題に関する検証会議」が2005年の報告書で「患者を研究対象物として扱い、遺体解剖はルーティン化していた」と指摘している。

 愛生園によると、園に勤める医師が園内に保管されていた解剖録を見つけて内容を調べ、昨年末に結果を報告した。解剖された人の名前、処置の日付、病状、摘出した臓器の様子、死因などが記され、臓器の写真やイラストが付いたケースもあった。A4判の紙で1人につき数枚程度、手書きで記入されており、計32冊ある。

 園によると、最も解剖が多かった1931~44年は、園内で亡くなった入所者1334人に対し、解剖された人は1298人に及び、実施率は97%に達した。

 山本典良園長は「ハンセン病は直接の死因になる病気ではない。なぜ亡くなったのか詳しく調べることで、より良い治療に生かすとともに、診断や治療が正しかったか確かめるのが目的だったのでは」と話す。

 一方、同意に関して、園内に残る「死亡者関係書類」と解剖録を照らし合わせたところ、同意した日付の多くが死亡の3~7日前で「本当に本人の意思だったかどうかは疑問が残る」と山本園長は指摘。入所者自治会の中尾伸治会長(86)も「当時は死んだら解剖されるのが当然という雰囲気だった。本人の代わりに、後見人的な入所者が園の求めで同意したこともあったと聞く」と証言する。

 遺体解剖に関しては、鹿児島県の星塚敬愛園で昨年、1081人の記録が見つかったほか、瀬戸内市の邑久光明園でも報告書が残っており、同園の人権擁護委員会が調査を進めている。愛生園では入所者の意向を踏まえ、さらなる調査を含む対応を検討する。

 国の検証会議副座長を務めた内田博文・九州大名誉教授(刑事法)は「検証会議では各療養所からの報告が中心で記録などを十分調べられておらず、記録が見つかった意味は大きい。病理解剖として正当性があったのか疑問があり、目的や同意の取り方などを改めて検証する必要がある」と指摘している。

(2021年03月26日 22時03分 更新)

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