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津波で九死に一生「環境に感謝」 平林金属ソフト女子の田畑監督

被災した経験から「プレーできる感謝の気持ちを持ち続けよう」と選手に伝える田畑このみ監督=HIRAKINライズ球場
被災した経験から「プレーできる感謝の気持ちを持ち続けよう」と選手に伝える田畑このみ監督=HIRAKINライズ球場
 今季からソフトボール女子の平林金属(岡山市)を率いる田畑このみ監督(30)は宮城県の実業団選手だった2011年、東日本大震災で津波にのまれ、九死に一生を得た経験を持つ。「明日、ソフトボールができなくなるかもしれない。今の環境は決して当たり前じゃない」。震災から10年を迎えた11日、選手たちに語り掛けた。

 あの日、宮城県東松島市内の勤務先で壁が波打つほどの揺れに襲われた。津波への恐れを抱えつつ、車で向かったのは入社を控えた後輩がいる海近くの寮。到着後、後輩の無事を確認し、備蓄品を持ち出す準備をしている時、津波に巻き込まれた。

 玄関や窓から濁った水が押し寄せ、体がみるみる漬かっていく。「このままじゃ逃げ場がなくなる。死ぬかもしれない」。割れた窓から脱出すると、濁流の中で目の前に偶然流れてきたプレハブの屋根によじ登り命をつないだ。

 震災から間もなくチームは廃部。身を寄せた鹿児島の実家で「ソフトをしていなければ被災していなかった」という思いに駆られたこともあった。ただ、競技の楽しさはどうしても忘れられなかった。知人を介して翌12年から加入したNEC(静岡)で6年間プレーし、日本リーグ1部の舞台も踏んだ。

 昨季終了後、2・3部の入れ替え戦に敗れて降格が決まった平林金属から監督就任を打診された。「すごく迷ったけど、震災からちょうど10年という節目も背中を押してくれた」とチームの再建を引き受けた。

 当時の記憶がよみがえったのか、声を詰まらせた。11日の練習前、選手たちを集め、初めて被災体験を語った。「ソフトができる感謝の気持ちを持ち続け、支えてくれる人たちにどういう形で恩返しができるかを日々考えてほしい」。その言葉を自身の胸にも刻み、ナインとともに1年での2部復帰を目指すシーズンに挑む。

(2021年03月11日 21時01分 更新)

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