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洋画家の赤木曠児郎氏死去 87歳、線描でパリの街並み表現

赤木曠児郎氏
赤木曠児郎氏
赤木氏の「カタログ・レゾネ5」より油彩画「バルドグラース礼拝堂とミュシャのいたアトリエ入口」(2013年)
赤木氏の「カタログ・レゾネ5」より油彩画「バルドグラース礼拝堂とミュシャのいたアトリエ入口」(2013年)
 半世紀以上暮らすフランス・パリの街並みを独自の線描で表現した洋画家の赤木曠児郎(あかぎ・こうじろう)氏=本名・始(はじめ)=が15日、岡山市の実家で死去した。87歳。葬儀は18日正午から岡山市東区金岡西町821の2、西大寺シティホールで弟文男(ふみお)氏を喪主に近親者のみで行う。

 岡山市生まれ。岡山大理学部在学中に趣味で絵を始め、1963年に渡仏しパリ高等国立美術学校で学んだ。パリの歴史的建造物から路地裏まで丹念にスケッチを重ね、赤い輪郭線で描いた風景画は“アカギのパリ”として、仏画壇で高く評価された。

 74年にル・サロン展絵画部金賞、2002年にはソシエテ・ナショナル・デ・ボザール(国民美術協会)展で日本人初の最高賞を受け、同協会名誉副会長を務めた。紺綬褒章、旭日小綬章、仏芸術文化勲章シュバリエなど受賞・章多数。01年から本紙文化面に「フランス日本遠眼鏡」を連載。2月初旬にパリから帰省していた。

(2021年02月17日 19時34分 更新)

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