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娘の死受け止め前向きに生きる がんの子どもを守る会の阿部さん

友美子さんの写真や思い出の品を手に話す阿部妃代さん
友美子さんの写真や思い出の品を手に話す阿部妃代さん
高校の入学式の朝、記念写真に納まる友美子さん(左)と妃代さん=妃代さん提供
高校の入学式の朝、記念写真に納まる友美子さん(左)と妃代さん=妃代さん提供
 岡山市東区、阿部妃代(きみよ)さん(58)は、長女の友美子さん=享年15歳=を脳腫瘍で亡くした。直後は何も手に付かなかったが、一生懸命、病気と闘う姿が、前向きに生きる大切さを教えてくれた。「一日一日を精いっぱい」。その気持ちは娘からもらった宝物だ。亡くなって10年がたった。妃代さんは、がんの子どもを守る会岡山支部代表幹事として、同じように苦しむ家族を支援している。15日は国際小児がんデー―。

 友美子さんは中学2年の春に脳腫瘍と診断され、手術を受け、入院して抗がん剤と放射線治療を続けた。強い副作用に負けず、一時退院の時は学校に通った。病院で受験勉強に励み、高校合格も果たし、入学式の1日だけ登校できた。

 「吹奏楽部に入りたい」「将来は幼稚園の先生がいいな」と夢を描いていた友美子さんは、入学間もない2010年5月8日、天国に旅立った。

 当初は「押し寄せる悲しみが大きすぎて、娘の本来の姿を見失っていた」と妃代さんは話す。闘病記「友美子からのメッセージ」を書こうと決め、日記を読み返して執筆する中で、少しずつ心が整理され、友美子さんが死の恐怖と闘いながら生き抜いたことが確認できた。「不幸でも、かわいそうでもない。頑張った子なんだ」。支えてくれた医師や看護師、中学、高校の先生と友達に対する感謝の気持ちも湧いた。

 友美子さんが亡くなったのは、母の日の前日だった。「母の日には、お母さんを楽にしてあげたいというメッセージだったのかなあ」。そう考えられるようにもなった。「負けてはいけない。一生懸命だった娘の生き方に近づきたい」

 がんの子どもを守る会には闘病中に入会した。「入院中は同じ境遇の家族で励まし合うが、退院すると途絶えてしまう」と、25人の会員と年1、2回、交流会を開く。小児がん経験者は治癒しても、進学や就職、結婚の際に問題がつきまとうため、街頭啓発で病気への理解や支援の拡大に努めるのも重要な活動だ。

 仕事も始めた。約6年前から友美子さんが入院していた岡山大病院で看護助手として働く。患者から学ぶことが多く「恩返しになればと思っていたが、おこがましい」と苦笑する。「(友美子さんが)応援してくれとるよ」と患者さんに声を掛けられることもあるそうだ。

 現在、小児がんは約8割の患者が治るといわれる。それでも命を落とす子どもは、まだいる。妃代さんは「早くみんなが治る病気になってほしい。子どもを亡くす経験を誰にもしてほしくない」とし、「小児がんについて伝えることが、私に託された使命だと思う」と話した。それが友美子さんの願いでもあると思う。

(2021年02月14日 08時01分 更新)

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