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それは「揺れる」というより、布…

 それは「揺れる」というより、布団ごと「振り回される」感覚だった。1995年1月17日早朝。当時住んでいた大阪府内の木造アパートが突如、大きな音を立てて生き物のように動きだした▼地震と気付いたのはしばらく後だ。「でも、まさか」。想像だにしなかった天災と、テレビが映し出す神戸市街地の惨状が、頭の中でなかなか結び付かなかったのを思い出す▼阪神大震災の発生から26年を迎える。6434人の命を奪った大地震は、私たちに多くの教訓を突き付けた。災害はいつ、どこにでも起こり得ること。だから万全を期さねばならないこと▼歳月が流れた今こそ、その戒めを薄れさせてはならない。現地では体験を伝える語り部が高齢になり、数を減らしているという。だが一方で被災時に幼かった世代や震災後に生まれた高校生らが聞き取りなどに取り組み、記憶のバトンを引き継ごうと闘っている▼時を経たから見えてきた課題もある。兵庫県内の災害復興公営住宅では誰にもみとられず亡くなる孤独死が後を絶たず、昨年は71人に上った。混乱のさなかに避難所などで性暴力に遭った女性らが、つらい経験を口にし始めたのは最近になってからだ▼あらためて被災地を思い、身の回りの備えを考えるきょうにしたい。「あの日」を自分に引き寄せ、胸に刻み直すことはできる。

(2021年01月17日 08時00分 更新)

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