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下寺田開渠

右が岡山駅方向なのだが、岡山駅からの距離は、正野田西踏切は2K823M、下寺田開渠の塗装銘記は2K800Mになっている
右が岡山駅方向なのだが、岡山駅からの距離は、正野田西踏切は2K823M、下寺田開渠の塗装銘記は2K800Mになっている
正野田西踏切付近を行く748Dレ=吉備線備前三門・大安寺間
正野田西踏切付近を行く748Dレ=吉備線備前三門・大安寺間
正野田西踏切と下寺田開渠。写真左側が大安寺駅
正野田西踏切と下寺田開渠。写真左側が大安寺駅
橋台と橋桁が直角にならないのが斜角橋梁
橋台と橋桁が直角にならないのが斜角橋梁
Iビームは床石の上におかれている
Iビームは床石の上におかれている
市ケ場(いちかば)開渠のIビーム。DORMAN LONG & CO LD MIDDLESBROUGH ENGLANDと陽刻されている。イギリスはミドルズブラのドーマンロング社製だ=津山線建部・福渡間
市ケ場(いちかば)開渠のIビーム。DORMAN LONG & CO LD MIDDLESBROUGH ENGLANDと陽刻されている。イギリスはミドルズブラのドーマンロング社製だ=津山線建部・福渡間
 大きな勾配もトンネルもない。笹ヶ瀬川と足守川以外に長い橋梁もない。岡山平野を横切る吉備線の駅間距離は、備前三門・大安寺間の1.4キロメートルが一番短く、大安寺・備前一宮間の3.2キロメートルがもっとも長い。列車編成はキハ40系気動車2両が主で、通勤通学時間帯は3両か4両。岡山・総社間20.4キロメートルの所要時間おおむね40分は、伯備線岡山・総社間26.6キロメートルよりも10分ばかり長い。

 備前三門・大安寺間の最大勾配は3.3パーミル(※)で、所要時間は3分から6分。ただし、この時間は両駅の発車時間から割り出した数字なので、実際に走っている時間はもう少し短い。単線の吉備線では、多くの列車が大安寺駅で交換する。そのため停車時間に最大3分の差が出るのだろう。

 備前三門駅を発車した下り列車は、三門西踏切、吉備線最大の関西(かんぜい)前踏切、西崎踏切、正野田(しょうのだ)東踏切、正野田西踏切、大安寺東踏切を越えて大安寺駅に着く。駅と駅の間が短いからなのだろうか、こころなしかゆっくり、のんびり走っているように思える。筆者が吉備線を選ぶのは、昭和40年代生まれのキハのエンジン音と排気ガスのにおい、急がない感と伯備線のモハにおよばない加速、ロングレールじゃないため、線路のつなぎ目ごとに起こるジョイント音、道床のせいなのか台車のせいなのかわからないが、その揺れの大きさに親近感を覚えるからだ。

 さて、残暑が一段落した昼下がりの大安寺駅は、いまにも泣き出しそうな雲に覆われていた。それでも西の空には青空もわずかにのぞき、雨が落ちてきても長い時間は降らないだろうとタカがくくれた。ホームから東に472メートル、徒歩約10分のところにあるのが正野田西踏切。そのすぐ大安寺駅側には下寺田開渠(かいきょ)がある。踏切に車は入れない。

 下寺田開渠の橋台面長間、つまり橋台と橋台の距離は1.1メートルだが、橋桁のI(アイ)ビームは長さ1.5メートル。それは、Iビームが流れに直角ではなく、斜めに架けられた斜角橋梁だからだ。橋台は、花崗岩(かこうがん)を布積(ぬのづ)みした威風堂々とした姿で、Iビームを乗せる部分には床石(ゆかいし)が置かれている。Iビームの部材はリベット止め。リベットは昭和30年代まで使われたが、Iビームは明治時代の輸入品ではないだろうか。

 津山線と吉備線の沿線には、腹板(ふくばん、ウェブ)にイギリスの鉄鋼会社のロールマークが陽刻されたIビームが多数現存する。キハが来ないあいだに下寺田開渠も調べたが、わからなかった。塗装のペンキが薄塗りなら確認できるかもしれない。しかしその形状は、津山線沿線のドーマンロング社のIビームによく似ている。あるいは、地球の裏側から海を渡ってやってきたのかもしれない。もしそうなら、1904年から、輸入蒸気機関車や国産蒸気機関車が引く旅客列車や貨物列車や混合列車、ディーゼル機関車が牽(けん)引する旅客列車、キハの運行を支え続けてきたことになる。明治の人たちが丁寧に積みあげた花崗岩の橋台を見ていると、幅1.1メートルの鉄道橋梁の116年を思い描きたくなった。

※3.3パーミルとは1,000メートル進むあいだに3.3メートル登り降りする勾配。3.3‰。1,000分の3.3。

 ◇
 小西伸彦(こにし・のぶひこ)専門は産業考古学と鉄道史学。「還暦を過ぎても産業遺産、特に鉄道と鉱山の遺産を見て喜ぶ、よく言えば研究鉄、ふつうに言えばただのもの好き」とは本人の弁。就実大学人文科学部総合歴史学科非常勤講師、産業遺産情報センター研究員、鉄道記念物評価選定委員、倉敷市文化財保護審議会委員、新修津山市史近現代編執筆者、産業遺産学会理事。著書に「鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道」「みまさか鉄道ものがたり」(ともに吉備人出版)など。1958年総社市生まれ。香川大経済学部卒。

(2020年09月15日 11時00分 更新)

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