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「存続は使命」と木下サーカス社長 公演中止を乗り越え東京で再開

公演を再開した赤テント前で、サーカスへの思いを語る木下社長=東京都立川市
公演を再開した赤テント前で、サーカスへの思いを語る木下社長=東京都立川市
観客の入れ替え時に座席の消毒作業に当たるスタッフ
観客の入れ替え時に座席の消毒作業に当たるスタッフ
観客の入れ替え時に座席を消毒する外国人アーティスト
観客の入れ替え時に座席を消毒する外国人アーティスト
 岡山発祥の木下サーカスが今月、新型コロナウイルス感染症の影響による4カ月余りの公演中止を乗り越え、東京都立川市でステージを再開した。コロナ禍で世界的に人気のカナダのサーカス劇団「シルク・ドゥ・ソレイユ」が経営破綻するなど業界を取り巻く環境は厳しいが、木下唯志社長は「サーカスの存続はわれわれに課された使命」と力を込める。創業118年のプロ集団を率いる4代目トップに思いを聞いた。

 ―1日に公演を再開した。

 「久しぶりのお客さんの拍手や笑顔が大きな励みになっている。6月から予定していた新潟公演が中止となり、わずか3日間で打ち切りとなった3月下旬の金沢公演以来の舞台だ。第2次大戦中も女性だけで公演を継続した木下サーカスが、これだけ長い間休んだのは初めて。休演中、団員たちは自主練習に励み、毎週日曜日には本番と同じ流れで行うリハーサルを続けていたが、一時はモチベーションが上がらず、パフォーマンスの質が下がっていた。世界一のサーカス団を目指し、さらにもう一段、技を磨いていく」

 ―コロナ対策に腐心している。

 「密を避けるため、公演会場となる約2千人収容のテントの座席数は900人に制限した。テント内の業務用換気扇を1・7倍の34台に増設し、観客を入れ替えるごとに団員やスタッフ総出で全座席を消毒している。お客さんにはマスク着用と、入場時の検温や連絡先の記入に協力をお願いしている。今は感染防止が第一。お客さんはもちろん、テント裏のコンテナで共同生活を送る団員たちの健康を守りたい」

 ―シルク・ドゥ・ソレイユが経営破綻した。

 「一報には驚いた。ただシルク・ドゥ・ソレイユは数年前に株式の大半をファンドに売却しており、利益が出ない事業からは撤退するという経営面での判断だろう。われわれも長期にわたって公演できずに厳しい状況だったが、サーカスへの情熱や団員の生活を守りたいとの思いは強く、存続は使命だと感じている。正社員である日本人アーティストへの給与は雇用調整助成金を活用し、ステージごとのギャラ契約の外国人アーティストには100万円の持続化給付金の申請を案内した。年数回の公演地移動の際に役立つようにと、フォークリフトや油圧ショベルの運転免許を取得した団員もいる」

 ―クラウドファンディングサービス「晴れ!フレ!岡山」を利用し、運営資金を募っている。

 「7月15日に1千万円を目標に開始したところ、4日目に達成できた。予想以上の大きな支援に大変感謝している。全国から応援メッセージもいただき、公演でお世話になった各地の方たちに支えられてきたと改めて実感した。現在は目標を3千万円に再設定し、9月22日まで募っている。動物の餌代や機材の管理費、コロナ対応に尽力する医療従事者への寄付に充てる」

 ―立川公演は12月14日までで、その後は首都圏や中国地方で公演を計画中だ。

 「コロナの感染状況は見通せず、公演はまた休止せざるを得ないかもしれない。ただ、人類はこの苦難を必ず乗り越える。その日を見据え、毎日を大切にする“一日一生”の気持ちで臨んでいる。サーカスの魅力は『挑戦する勇気』にある。コロナ禍で大変な思いをしている人たちが多い中、舞台を通じて明日に向かうエネルギーを届けたい」

 木下サーカス 1877年に現在の岡山市中区西中島町に創設された芝居小屋「旭座」を前身に、1902年、木下唯志社長の祖父・唯助氏が中国・大連で旗揚げした。猛獣ショーや古典芸、オートバイショー、マジックなど多彩な演目を繰り広げ、年間観客動員数は世界最大級の約120万人。唯志氏は空中ブランコ乗りとして活躍した後、90年に社長に就任した。本社は岡山市北区表町。

(2020年08月13日 21時22分 更新)

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