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楓(かえで)、辨太(べんた)、…

 楓(かえで)、辨太(べんた)、久良子(くらこ)。1925年に出版された「楓物語」の登場人物だ。これは「アルプスの少女ハイジ」の翻訳版で、それぞれハイジ、ヤギ使いの少年ペーター、病弱な少女クララに当たる▼外国の児童文学が日本で読まれ始めたのは幕末という。異文化がスムーズに受容されるようにと、翻訳者たちは人名をなじみ深いものに改変するなど随分と苦心した(国立国会図書館月報691号)▼アニメーション監督の高畑勲さんが取った手法は、日常風景をとことん細やかに描くことだった。テレビアニメのハイジが喉を鳴らしてヤギ乳を飲み干す一こまに覚えがある人も多いのでは▼没後2年となる高畑さんの回顧展が古里の岡山市で開かれている。県立美術館を埋める千点余りもの制作ノートや絵コンテからは、日本アニメ界を切り開いた“翻訳者”の姿が浮かび上がる▼海外の子どもたちの物語を国内へ紹介し、終戦前後の幼い兄妹を現代によみがえらせた。家庭のありふれた幸せを銀幕に投射し、平安絵巻を意識した強弱のある筆線や余白の美しさを世界に問うた▼晩年よく語っていた。見た人が作品世界に浸って主人公と同化する「思い入れ」型ではなく、現実と作品を行き来して考える余地を残した「思いやり」型の表現を目指す―。名作と共に受け継ぎたい、他者への優しい視線である。

(2020年08月05日 08時00分 更新)

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