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岡山・稲荷山ケーブルの資料募る 最上稲荷が歴史保存に活用へ

奥ノ院駅のホーム跡。石積みのホームの中央にケーブルを巻き上げる機械の土台が残っている
奥ノ院駅のホーム跡。石積みのホームの中央にケーブルを巻き上げる機械の土台が残っている
岡山・稲荷山ケーブルの資料募る 最上稲荷が歴史保存に活用へ
 最上稲荷(岡山市北区高松稲荷)は、昭和初期に運行していたケーブルカー「中国稲荷山鋼索鉄道」を撮影した写真やフィルム映像などの資料を募集している。同鉄道は多くの参拝客らを運んだものの、太平洋戦争末期に軍需用の鉄材供出で、わずか15年で廃線となった。同稲荷ではホーム跡などの遺構を保存する計画もあり、資料を広く集めて戦争の犠牲となった鉄道の歴史を残していく方針だ。

 同鉄道は1929(昭和4)年2月、中国地方唯一のケーブルカーとして開業され、龍王山(286・8メートル)中腹にある旧本殿の「山下駅」と山頂近くの「奥ノ院駅」の約390メートルを4分で結んだ。奥ノ院駅前広場には遊具やうどん店があったといい、門前町で酒店を営み、往時を知る秋山美撰(みより)さん(89)は「春は花見、秋はマツタケ狩りで山頂へ行く人も多く利用した。ケーブルカーでビールケースを届けたこともある」と振り返る。

 ただ、太平戦争末期に不要不急線に指定され、44(同19)年2月に廃線。車両やレール、駅舎は鉄材供出でなくなった。現在は奥ノ院駅ホーム跡の石積み、ケーブルを巻き上げる機械のコンクリートの土台などが残っている。

 今年5月には「戦前の鉄道開発と鉄材供出の重要な歴史を持つ」として産業遺産学会(東京)の推薦産業遺産に認定されたが、傷みが激しい上、周辺は草木が生い茂るなどして危険なため、参拝客らの立ち入りは禁止されている。

 同稲荷では、草木を伐採して案内看板などを設置して公開することを検討中。ただ、同稲荷には当時の鉄道の状況が分かる資料は絵はがきが3枚ほどしかないといい、今回、広く募ることで保存に向けた参考にするとともに案内看板などに活用する。多く集まればデジタル化して冊子にしたり、展示会を催したりしたいという。

 同稲荷の有村美香広報部長は「戦争の犠牲となったケーブルカーを広く知ってもらえるよう、資料提供の協力をお願いしたい」としている。当面、9月30日まで募集する。問い合わせは同稲荷(086―287―3708)。

(2020年08月03日 09時32分 更新)

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