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李登輝氏死去、岡山でも惜しむ声 「日本への愛感じた」

倉敷中央病院を退院する李登輝元総統=2001年4月25日
倉敷中央病院を退院する李登輝元総統=2001年4月25日
 30日に亡くなった台湾の李登輝元総統は心臓病の治療のため倉敷市を訪れるなどしており、岡山県内の関係者からも死去を惜しむ声が上がった。

 李氏が倉敷中央病院(倉敷市美和)で治療を受けたのは2001年4月。当時倉敷アイビースクエア(同市本町)の社長だった森喬さん(81)=大阪市=は、病院に向かう前に突然立ち寄った李氏と10分程度ロビーで歓談した。「流ちょうな日本語で『倉敷に来られてとてもうれしく思っている』と話していた。学生時代に訪れたことがあると振り返られ、素晴らしい街だと褒めてくださった」と生前の姿を懐かしんだ。

 国内の交流団体「日本李登輝友の会」の理事で同会岡山県支部長を務める藤原一雅さん(73)=岡山市北区=は、活動を通じて李氏と十数年来の交流があり、何度も台北市内の自宅に招かれたという。

 18年7月に台湾で面会したのが最後といい、「体調があまり優れなくても日本のことを常に気に掛け、政治の話題になると熱弁を振るわれていた。『巨星落つ』という言葉に尽きる」。

 11年10月に李氏宅で会った倉敷外語学院の大山正史理事長(72)は、「言葉の端々に日本への愛を感じた。それが日台の絆を強くし、今の世代に脈々と受け継がれている。天国で日台友好の行く末を見守ってほしい」と話した。

(2020年07月30日 22時47分 更新)

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