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やっぱり真備が一番落ち着く… 片山さん夫妻 “古里”で再建へ

建設中のわが家の前で談笑する片山さん家族。(右から)千恵子さん、長女の康子さん、明男さん=倉敷市真備町
建設中のわが家の前で談笑する片山さん家族。(右から)千恵子さん、長女の康子さん、明男さん=倉敷市真備町
 愛する“古里”でもう一度―。西日本豪雨で被災し、現在は倉敷市内の仮設住宅で暮らす同市真備町の片山明男さん(83)と妻の千恵子さん(79)は、元の場所で自宅の再建を進めている。一時は離れることも考えたが「住み慣れた地域に帰りたい」という一心で決めた。2人は毎日のように草取りに訪れ、9月の完成を心待ちにしている。

 「やっとじゃなぁ。次のお正月はわが家で過ごせる」。2日夕、既に外観が出来上がった平屋を前に、千恵子さんが晴れやかな表情で言った。2階建ての自宅に濁流が押し寄せ、全壊したあの日から1年10カ月が過ぎた5月中旬、更地のままだった土地でようやく工事がスタートした。

 高齢の片山さん夫妻にとって、住まいの再建は最大の悩みだった。

 被災後から身を寄せているのは、自宅跡から10キロほど離れたアパート。行政が借り上げた「みなし仮設住宅」の一つで、スーパーや駅に近い便利な場所にある。娘2人は嫁ぎ、再び災害に遭うことへの恐怖もあったため、当初は自宅を建て直すつもりはなかった。

 しかし、周囲に知り合いがいないアパートに住み続けるのは心細い。自力での再建が難しい住民向けに建設される災害公営住宅も検討したが、抽選があると聞き、もし外れたらと不安が募った。どちらにしても家賃を払い続ける必要がある上、家を解体した土地をどうするかも気になった。

 明男さんが同市の自動車メーカーに勤めたのをきっかけに山口県から岡山に移り、真備で暮らすようになって約40年。今やこの地は古里同然になった。会うたびに「帰っておいで」と声を掛けてくれる友人たちもいる。何度も考え、娘とも話し合った。仮設住宅の入居期限が残り半年に迫った2月、経済的な負担は重くのしかかるが、娘たちの協力もあり家族の思い出が染み込んだ場所に戻ることを決意した。

 家の広さは以前の半分ほどになったが、リビングダイニングは17・5畳もあり、ゆったりと過ごせる。手芸が得意な千恵子さんはピンクや水色のひもを編んで敷物を作り、少しずつ新生活の準備を進めている。待ちきれず庭にはミカンやユズなどを植えた。被災前と同じように色とりどりの花や季節の野菜も育てるつもりだ。

 千恵子さんは先行きが分からない不安から毎晩のように悪夢にうなされていたが、今はもう見ていない。被災時に長時間水に漬かり続けたダメージや自宅を失ったショックからか体調を崩し、落ち込みがちだった明男さんも、真備へ戻ると顔色が明るくなるという。

 千恵子さんは「やっぱりここが一番落ち着く。あと何年生きられるかは分からんけど、一日一日を大切に過ごしていきたいなぁ」と笑い、明男さんと顔を見合わせた。

(2020年07月06日 23時01分 更新)

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