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リジリエンスとリデンプション コロナ禍超え、人と組織をよりしなやかに

「表町TV」を一緒に運営している地域の大学生らとともに
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 私が興味を持って研究している概念があります。一つは日常では(根拠のある)自信。もう一つは、苦難からの精神的な回復力です。さらに言えば、とても大変な時期や経験をかいくぐったおかげで身につく跳ね返す力、心のしなやかさとも訳すべきリジリエンス(resilience)、つまり(肉体的でなく)心理的・精神的な回復力です。

 この概念に出会ったのは、神戸大学大学院の修士論文でプロゴルファーのキャリアに関する研究を始めたのがきっかけです。プロゴルファーの多くが直面するスランプからどうやって抜け出したのか。また、トーナメントで活躍する機会が少なくなって、脚光を浴びる世界から、いつかは去らなくてはならない。そんな時、どんな思いでトーナメントから去っていくのか。プロのアスリートの世界では野球でもサッカーでも同じことが毎年のように起きている。特に素晴らしい活躍をした選手ほど、現役を終える時の、心の苦悩は想像を超えるものがあるのではないかという関心からスタートした研究でした。

 私などは地方のありふれたアナウンサーでしたが、ラッキーなことに、入社した時からフリーになるまで、レギュラー番組を持っていない時期がない、いわゆる売れっ子アナウンサーでした。自画自賛ですが、常にそのテレビ局の看板アナウンサーだったのです。もちろんスランプもあれば、人よりも苦労は多かったと思います。何度も会社を辞めようと思うような出来事がいっぱいありました。そんな苦難や苦労があった後の方がより強い精神力が養われていたように思います。

 しかしながら、40歳を超えたあたりから常に、いつ後輩にバトンタッチすれば良いのか。いや自分からではなく会社として世代交代となったら、私はこれまでのように前を向いて頑張って仕事ができるのだろうか。レギュラー番組がなく、マネジメントのみの仕事をしなさいとなったら、私らしく生きていけるのか。光が当たる舞台から降りることになったら、私は自分らしく生きていけるのか。そう考えるようになりました。不安と隣り合わせのような心理的状況でした。

 そんな時に、個人競技のプロゴルファーはどんな思いで、どうやってスランプから立ち直り、現役を退く時は、どんなあがきや、どんな苦悩があるのか興味がわき、当時賞金王になった経験があるプロゴルファーから、すぐにトーナメントを諦めて、レッスンプロになったプロゴルファーまで22人にインタビューを行い、他に50人ほどのプロゴルファーにアンケート調査も行いました。自分の心の不安をプロゴルファーの世界に当てはめてみたかったというのが本音なんです。もちろん、プロゴルファーの世界は会社員アナウンサーの私の想像を超える熾烈(しれつ)な戦いや、もがき、あがきのある世界で、私の悩みや挫折などは、プロゴルファーからしてみれば単なる甘えのように今では思えてなりません。

 この研究の成果は「プロゴルファーという生き方」として日経BP社から書籍として出版されているので興味がある方は是非、お読みください。今回はその書籍の宣伝をしたいのではなく、そのプロゴルファーのキャリアに関して研究しているときに出会った素晴らしい概念についてお伝えしたいと思っています。それが、初めに書いた回復力のことです。私が取り上げる回復力というのは、肉体的なものではなく、精神的な回復力と思ってください。

 総称して、自己効力感という概念があります。この概念を提唱したのはカナダ生まれの心理学者、アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)氏です。自己効力感とは、自分はある行動を実行できると信じられる「自信」の一種です。私たちが仕事や勉強に注力し、目標を達成するには欠かせないものです。もう少し平たくいうと、自分がうまくやれそうだという期待感に近いものです。

 簡単に整理してみると、自己効力感が高い人は、目標を達成できる、逆境を乗り越えられる自分の感情・行動をコントロールできる、人間関係を良好に保てる人たちと言えます。逆に自己効力感が低いと、「どうせムリ」とすぐ諦める、チャレンジをしない、他人に責任転嫁し、言い訳が多い、劣等感が強い―などとなります。自己効力感が低いとデメリットの方が多いですね。

 この自己効力感を高める方法はいくつかあります。その一つは成功体験を話し合い、過去の体験からポジティブなものを引き出し、その時はどうしてうまくいったのか分析し、今回もその時のようにうまくいくんだと思いこめるようにトレーニングをする。他人の成功体験を疑似体験することでも自己効力感が高まると言われています。他にも言語的説得、応援ソングなどもこの部類に入りますね。良い成績を収めた時にはいつもあの曲を聴いていたみたいな。

 この自己効力感は精神的な回復力ですが、最近注目されている人間の力として、元のように回復するばかりでなく、元の状態よりも、よりしなやかな心や跳ね返す力を身につけることを、リジリエンスといいます。この言葉も、プロゴルファーのキャリアの研究の時に出会いました。苦難が大きければ大きいほど、立ち直った時には元の状態よりも良くなっている状態です。苦境が多ければ多いほど、立ち直った時に以前より、よりしなやかな心を持ち、心が「ポキっ」とおられてしまうことなく回復する人の力のことです。

 この自己効力感という回復力とリジリエンスという力は、今のコロナの影響を受けている世界にとってとても大切な概念なのではないと思っています。心が折れそうなほど大変な時期を経験したからこそ身につく自己効力感、回復力が人間にはあるのです。まだまだコロナの影響はいつまで私たちの生活に負の影響を与えるのかわかりませんが、人間にはリジリエンス―乗り越えて、より強い、しなやかな心を持つ力―があるのです。そのことを信じて前を向いて行くことが大切なのではないでしょうか。

 さらに、米国のパーソナリティー心理学者、ダン・マクアダムス氏は、苦境をくぐった後、単に元のようなしなやかさを上回る力が人にはあると言っています。自信や元気が元のレベルに戻る、ただ単に回復するというレベルを超えて、その苦境を経験するときよりも一層しなやかになり、自信や元気が、苦境にへこたれかける前よりも高まって行くことをリデンプション(redemption)と名付けました。日本語だと「超回復力」と訳されています。

 集団や組織のレベル、震災復興におけるコミュニティーのレベル、経営の分野、長らく不振のままの国レベルにおいてもこのような視点が大事なのではと思います。

 リジリエンスとリデンプション。人間にはへこたれそうになっても、たとえへこたれても、立ち直った時には、以前にも増して元気になれる力、精神力がある。そのために語り合い、助け合い、未来を信じて、このリジリエンス、組織のリデンプションを高める努力をするべきなのではないでしょうか。それが私たちには出来ると、私は信じています。

 本当に私などに出来ることは限られていますが、このリジリエンスやリデンプションのことは地域の大学生たちと運営しているインターネット放送局「表町TV」などを通して若い人たちに伝える努力をしています。これからの社会を担って行く若い人たちに、へこたれても、よりしなやかな折れない心を持つ力が人間にはあるんだよと。今を嘆いているだけでなく、少し視線を上に向けてもらえるようにと。と同時に若い人たちの元気も吸収しています。

 今後どんな苦難が世の中に起こるのかは誰にもわかりません。しかし、人間は幾多の苦難を力を合わせて乗り越えてきた経験があります。へこたれても、よりしなやかに回復できる。人間のそんな力を信じて前を向いてきたいと思います。

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多賀 公人(たが・きみと) コミュニケーションコンサルタント。瀬戸内海放送でアナウンサー兼プロデューサーとして28年務めた後、ユイ・コミュニケーション・ラボ(株)を設立。企業・団体を対象に映像を使ったコミュニケーション研修トレーナーや、商品PR・ブランド広報戦略のコンサルタントとして活躍中。現在も瀬戸内海放送や山陽放送でキャスター兼コメンテーターとしてレギュラー多数。プロゴルファー石川遼選手の「ハニカミ王子」の名付け親でもある。1963年玉野市生まれ。

(2020年06月29日 18時31分 更新)

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