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人権侵害の教訓 コロナ禍の今こそ ハンセン病回復者ら、差別に心痛

ハンセン病問題の啓発を行っている長島愛生園歴史館。新型コロナウイルスの患者らへの差別問題も取り上げている
ハンセン病問題の啓発を行っている長島愛生園歴史館。新型コロナウイルスの患者らへの差別問題も取り上げている
 新型コロナウイルスの感染者や医療従事者が差別的な言動や扱いを受けている状況にハンセン病回復者らが自らの経験を重ね、心を痛めている。瀬戸内市の国立療養所・邑久光明園、長島愛生園の関係者らでつくるNPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会(同市)は「疾病差別はあってはならない」とのメッセージをウェブサイトで発信。「病気への恐れが深刻な人権侵害を招いたハンセン病の教訓を今こそ多くの人に知ってほしい」と訴えている。

 「今の時代にこんな差別があるのが信じられない」

 光明園に入所する女性(82)は新型コロナを巡る報道にやるせなさを募らせる。インターネットに感染者の住所や行動歴が書き込まれた、医療従事者がタクシーへの乗車や子どもの保育園通園を拒否された…。人ごととは思えない話だ。

 女性は8歳の時、母と一緒に大阪から光明園に入所。程なく差別を恐れた父は戸籍から女性と母を抜いた。女性は実家に帰ることがかなわず、父が死んだのも後に手紙で知らされた。

 「ほかの家族を守るために父もやむを得なかったのだろう。差別を受ける側がどんなにつらい思いをするか、新型コロナでも想像してほしい」と言う。

 ハンセン病は国の隔離政策の下、戦前から戦後間もなくにかけて各地で患者を療養所に収容する「無らい県運動」が展開された。感染の危険性が喧伝(けんでん)され、患者やその家族が学校に通えなくなったり、就職や結婚に支障が生じたりしたため、家族は身内に患者がいることを隠し、患者の多くは療養所で偽名を使った。

 愛生園の石田雅男さん(83)は、新型コロナでも患者が差別を恐れて受診が遅れる事態を懸念する。

 1960年代半ば、社会復帰を目指し、関西で一時働いた石田さんは、ハンセン病の病歴を伏せていたため、左足にできた傷が悪化しても病院に行けなかった。ぎりぎりまで我慢した揚げ句、治療を受けに療養所へ戻らざるを得なくなった。「まるで犯罪者のような心境。何も悪くないのに弱い立場に追い込まれてしまった」と振り返る。

 NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会は5月18日に出したメッセージで〈誤った知識や見解による過度な反応がうわさを呼び、偏見、差別につながる〉と指摘。患者が安心して治療に専念し、家族がそれをサポートできるようにしてほしいと訴えた。

 幼少の8年間、両親や姉2人と愛生園に入所し、児童養護施設で育ったハンセン病家族訴訟の原告副団長・黄(ファン)光男(グァンナム)さん(64)=兵庫県尼崎市=は「ハンセン病では、病気への恐れから市民が患者を『ばい菌』扱いし、社会から排除した」と強調。「国や自治体は感染予防とともに患者の人権を守る対策にも力を注ぐべきだ」とする。

 新型コロナの影響で休館していた愛生園歴史館は5月21日から再開。田村朋久学芸員(43)は28日、研修で訪れた岡山市の建設コンサルタント会社の社員への説明で新型コロナにも触れ「大切なのは、患者の排除ではなく、どう治療し、まん延を防ぐかです」と呼び掛けた。今後、「同じ思いをさせたくない」という入所者の訴えも伝えていく方針だ。

 ハンセン病 らい菌によって末梢(まっしょう)神経が侵される感染症。戦後間もなく有効な治療薬が出たが、患者の強制隔離を定めた「らい予防法」は1996年まで続き、2001年に熊本地裁が予防法の違憲性を認め、国に対し、元患者への賠償を命じた。元患者の家族による訴訟も昨年9月、熊本地裁が隔離政策による家族の被害を認め国に賠償命令。いずれの判決も国が控訴せず、確定している。

(2020年06月04日 22時53分 更新)

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