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美観地区「倉敷館」の設計者判明 県建築技師の小林篤二 史料に署名

設計者が判明した倉敷館。旧倉敷町役場で、現在は観光案内所となっている=2月
設計者が判明した倉敷館。旧倉敷町役場で、現在は観光案内所となっている=2月
小林篤二(山崎さん提供)
小林篤二(山崎さん提供)
倉敷館の設計者を明らかにした山崎さん
倉敷館の設計者を明らかにした山崎さん
 倉敷市美観地区にある市重要文化財の観光案内所「倉敷館」(同市中央)の設計者が、県建築技師の小林篤二(1887~没年不明)であることを示す史料が見つかった。これまでは小林の上司で多くの洋風木造建築を手掛けた江川三郎八(60~1939年)が有力視されていたが、岡山ヘリテージマネージャー(地域文化財建造物専門家)の山崎真由美さん(50)=真庭市=の調査で“生みの親”が判明した。

 倉敷館は1917(大正6)年、当時としては珍しい木造洋風の町役場として旧倉敷町が建設。公共建築に西洋様式を取り入れ、旧遷喬尋常小学校(真庭市、国重文)などを手掛けた江川の設計と見られていたが、史料に乏しく議論が分かれていた。

 江川の顕彰に取り組む研究会に所属する山崎さんは、倉敷館が江川建築であることを立証するため、2018年から調査に着手。ところが、倉敷市歴史資料整備室(同市真備町箭田)にある倉敷町の「大正5年度歳出 臨時部」に思わぬ記述を発見した。

 史料には「倉敷町役場建築設計編製及同計画図作製手数料」の名目で、二十円の請求・受領者として小林が署名、押印。「庁舎の計画から設計まで小林が担当した証拠」(山崎さん)と結論付けた。

 倉敷館建設と同時期に、江川が発注を受けながらデザインに違和感がある建築物も存在していることから、山崎さんは「これらの建築物は、江川が部下の小林に設計を指示したと考えるのが妥当」と分析した。調査内容は、倉敷市が4月に発行した研究誌に論文として発表した。

 県土木建築名鑑によると、小林は旧平井村(現岡山市)生まれで、岡山、沖縄両県の土木課に勤務後、1915年に岡山県に復職している。県庁を辞めた後の消息は不明という。

 倉敷館は71年から観光案内施設として活用されており、今年2月にリニューアル。山崎さんは「調査結果が歴史文化研究の一助になれば」と話し、倉敷市観光課は「日本遺産構成文化財の一つであり、設計者が分かったことでストーリー性に磨きがかかる」としている。

(2020年05月25日 08時02分 更新)

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