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(7)岡山との絆 偉ぶらず故郷に恩返し

講演で永瀬作品への思いなどを語る高畑監督=2018年2月11日、赤磐市
講演で永瀬作品への思いなどを語る高畑監督=2018年2月11日、赤磐市
「柳川堀割物語」宣伝ポスター用イラスト((C)Studio Ghibli)
「柳川堀割物語」宣伝ポスター用イラスト((C)Studio Ghibli)
おかやま国体に向けて改修工事が進む県陸上競技場を視察する高畑監督(左)=2001年11月
おかやま国体に向けて改修工事が進む県陸上競技場を視察する高畑監督(左)=2001年11月
 43年ぶりの地元開催となる「晴れの国おかやま国体」(2005年)を前に、高畑勲監督(1935~2018年)は岡山県に請われ、開閉会式クリエイティブ・アドバイザーに就いた。

 「私にとって岡山は小学校から高校卒業まで過ごした大事な土地。協力することで恩返しできれば」。日本を代表するアニメーション監督になった後も、故郷との縁を大切にした。

アイデア次々

 就任に当たって、メイン会場となる県陸上競技場や倉敷市児島地区公園水泳場を視察。「したいことはいっぱいあるけど(実現は)大変だよね」。そう言いつつ、斬新なアイデアが次々とあふれ出た。

 夏季大会では備前・日生伝統の「源平放水合戦」をやれないか、炬火(きょか)台はプールの中から登場させれば面白い―。実現しなかった案も含めて「発想が豊かで目の付けどころが違った」。県国体・障害者スポーツ大会局競技式典課長だった松野英雄さん(69)=津山市=は思い出す。

 夏季大会の開会式は夕刻に始まる史上初の「薄暮開催」だった。これも高畑監督の「光の演出が生きる」との提案が基になったという。炬火台はプールの中に設け、「平成狸合戦ぽんぽこ」の一場面を彷彿(ほうふつ)させる、那須与一役が矢を海に放つ演出も取り入れられた。

30年来の交流 

 少年時代からの友人や、岡山のファンの呼び掛けにも気さくに応じた。中学、高校の同窓会にもたびたび参加。朝日高同期生で大学時代の寮(備中館)でも一緒だった木口省吾さん(84)=岡山市=は「講演会をお願いしたら快く引き受けてくれた。映画が完成したら招待券、出版した本も送ってくれて心遣いがうれしかった」。

 岡山の映画ファンでつくる「岡山映画鑑賞会」(真田明彦代表)とは、約30年にわたって交流を続けた。同会は福岡県柳川市の水路再生を追った監督唯一の実写映画「柳川堀割物語」(87年)を全国に先駆けて上映。97年には高畑作品8本を集めた「高畑勲映画祭」も開いている。

 県内旅行に同行するなど付き合いの深かった真田代表(63)=岡山市=は「ものすごく博識だが決して偉ぶらず、子どものような純粋さを併せ持っていた」と人柄をしのぶ。

 柳川堀割物語のインタビューで、高畑監督は子どもの頃に親しんだ西川や旭川の思い出を語っており、真田代表らは監督が亡くなった際にも追悼上映した。

諸国の天女 

 亡くなる2カ月前、高畑監督は病をおして赤磐市で講演している。「現代詩の母」と称される同市出身の詩人永瀬清子さん(1906~95年)を顕彰する朗読会だった。

 永瀬さんを親しげに「ばあさん」と呼んだ。永瀬さんは岡山県教育長を務めた父・浅次郎さんと親交があり、監督自身も一度岡山で会っていたからだ。

 取り上げた詩の一つは、永瀬さんの代表作「諸国の天女」だった。地上に舞い下りた天女が、夫や子のためこの地に残るという、世の女性すべてを天女に見立てた作品だ。

 「井の水を汲(く)めばその中に 天の光がしたたつてゐる 花咲けば花の中に かの日の天の着物がそよぐ」

 生き生きとした天女の地上での暮らし。岡山の農村で生を全うした永瀬さんを「自然や人の営みを心から愛していた」とたたえ、この詩を思い浮かべて作ったという「かぐや姫の物語」(2013年)に込めた思いを語った。

 「私もまた、清浄そのもので光だけは輝いているが色もなく、心安らかに愛憎もない月の世界より、この私たちの地球の方が100倍も魅力があると考えた」

 それは生涯、岡山で培った純朴な心を抱き続け、土にまみれた庶民の営みを丹念に描いた高畑監督のまなざし、そのものといえる。

【作品データ】

 柳川堀割物語 脚本・監督高畑勲、製作は宮崎駿。高畑はアニメーションのロケハンで柳川市を訪れた際、堀割の埋め立て工事を撤回させた市職員に出会い、水路を復活させた実話をドキュメンタリー作品にすることを決めた。市民と協働での再生活動や堀割の姿を記録するだけでなく、水と人々との関わりを分かりやすく示すアニメーションも活用した。(敬称略)

(2020年04月09日 08時56分 更新)

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