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ロンドン五輪代表 重友が引退へ 天満屋女子陸上部、21日会見

2017/12/19 23時27分 更新


今年1月、大阪国際女子マラソンで優勝した重友梨佐選手=ヤンマースタジアム長居

 天満屋女子陸上部は19日、2012年ロンドン五輪女子マラソン代表で、世界選手権に2度出場した重友梨佐選手(30)=備前市出身=が、来年3月末で現役を引退すると発表した。21日に岡山市で記者会見を行う。

 重友選手は、興譲館高3年時の05年全国高校駅伝で主将として男女を通じ岡山勢初の優勝を果たし、翌年天満屋入り。軸のぶれないフォームと粘り強い走りで頭角を現し、10年には全日本実業団対抗駅伝で5区区間賞を奪い、チーム悲願の日本一に貢献した。12年大阪国際女子マラソンで自己ベストの2時間23分23秒(当時日本歴代9位)で初優勝を飾り、天満屋勢4大会連続の五輪切符を獲得。ロンドン五輪は78位だった。

 その後は相次ぐ故障を乗り越え、15年に世界選手権に初出場。今年1月の大阪国際女子を5年ぶりに制し、8月の世界選手権代表に選ばれた。11月末の全日本実業団対抗駅伝は最終6区で力走した。

 関係者によると、当初は大阪国際女子で一線を退く予定だったが、世界選手権出場を決め、現役を続行したという。

「五輪に岡山の子」実現 関係者らねぎらいの声

 2012年ロンドン五輪女子マラソン代表の重友梨佐選手(30)=天満屋=の現役引退が19日明らかになった。興譲館高時代から活躍し、岡山女子長距離界のけん引役でもあった備前市出身のランナー。恩師や競技者関係者からはねぎらいの声が寄せられた。

 「地元に根ざす実業団チームとして、ずっと岡山の子を五輪の舞台に立たせたい思いがあった。それを実現してくれたのが重友」と天満屋の武冨豊監督(63)。00年シドニー大会の山口衛里選手を皮切りに、五輪代表を連続で輩出してきた名門にとって初の岡山県出身のオリンピアンになった。

 備前中から進んだ興譲館高で、競技者としての礎は築かれた。当時、監督を務めた森政芳寿さん(60)=現TOTO監督=は「高校時代から、目標を決めたらとことんまでやる性格だった。苦しい時期もあったはずだが、五輪まで行ってくれて自分の指導の自信にもなった。本当に誇りに思う」。

 主将として2区を担い、岡山勢初の優勝に貢献したのは05年の全国高校駅伝。1区で区間賞を奪い、重友選手にたすきをつないだ同級生の新谷仁美さん(29)=東京都在住=は「重友がチームをまとめてくれたから、自分の走りにだけ集中できた」と感謝する。70位台に終わったロンドン五輪の後も故障に苦しみながら世界選手権に2度出場した元僚友に対し、「普通の競技者なら立ち直れない。優しいけど内面の強さがある彼女だからこそ復活できたんだろうな」。自身もロンドン五輪代表で14年に引退した新谷さんは推し量る。

 全国都道府県対抗駅伝には9度出場し、郷土岡山のために力を振り絞った。社会人になってからも大会の合間を縫って、競技を始めた備前市ジュニア陸上クラブで小中学生の選手と交流するなど地元を大切にしてきた。備前市陸上競技協会の石原和明会長(82)は「長年トップで活躍してくれ、ありがたい気持ちでいっぱい。引退は寂しいが、子どもたちの模範になるアスリートだった」と敬意を表した。

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