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井原線全線再開までの歩み聞く 畦坪社長「一日も早く」思い結実

井原線復旧までを振り返る畦坪社長

被災した倉敷市真備町地区を走る井原線の車両

 西日本豪雨で約2カ月にわたって部分運休を余儀なくされた井原鉄道(井原市東江原町)の井原線。倉敷市真備町地区にある信号や通信設備が冠水によって故障し、総社(総社市)―三谷(岡山県矢掛町)間が不通となっていたが、「被災地復興の一助に」と作業を急ぎ、今月3日に全線での運行再開にこぎ着けた。同社の畦坪和範社長に、復旧までの歩みを振り返ってもらった。

 ―約2カ月間の部分運休は、1999年の開業以来初となった。

 台風や大雨の影響で1日だけ運休することはあったが、これほど長期間に及ぶことはなかった。通学での利用が多いことから、運行再開を当初見込みから約2週間早める決断をしたが、約50人の従業員が「一日も早く復旧させたい」との一念で頑張ってくれた。再開当日、私も所用で井原線を使ったが、車両が以前のように走り、胸をなで下ろした。

 ―豪雨発生後の対応は。

 大雨などによる不慮の事故を避けるため、(豪雨が発生した)7月6日に井原線を全線で運休し、水が引くのを待って現地確認に赴いた。真備町地区の区間は高架のため線路自体に被害はなかったが、吉備真備、川辺宿の2駅では信号制御などの機械室や無線基地局を地上に置いており、安全運行に欠かせない信号や通信機器が使えなくなっていた。高架の橋脚を支える地面も、濁流で数十センチえぐられていた。備中呉妹駅を含め地区内の3駅は待合室やトイレも泥で埋まっていた。

 ―復旧作業は難航した。

 まずは人のやりくりが問題となった。被害を免れていたため7月10日に運転を再開した三谷駅以西の運行・保守と並行して真備町地区の復旧を急ぐ必要があったが、設備担当の社員は6人だけ。他部門の社員に応援を頼んだ。さらに、故障した部品は量産品ではなく、メーカーにストックのない部品も多いことから、調達に時間を費やした。

 ―部品メーカーや同業他社の協力も大きかった。

 作業をスピードアップするため、メーカーの社員が被災現場を実際に見て必要な部品をリストアップし、取引先に予備部品の在庫がないか問い合わせてくれた。結果的にJR西日本、智頭急行(鳥取県)、土佐くろしお鉄道(高知県)から予備部品を貸り、応急修理をした。最後まで不通となっていた総社―三谷間については、地元バス会社の協力で代替バスを走らせることができた。待合室の泥のかき出しなどは、ボランティアにも手伝っていただいた。

 ―運行再開後、一部車両に復旧復興のシンボルとして、全国からデザインを募ったヘッドマークを掲げた。

 社員の発案。フェイスブックのみでの公募だったにもかかわらず、岡山、東京、福岡などから20件もの応募があり、全国の多くの方が井原線を気にかけてくれていたと感じた。今回の災害では、井原線が地域住民にとって欠くことのできない交通手段となっていることを改めて痛感させられた。運行再開が沿線の復興に少しでも役立てばうれしい。

 うねつぼ・かずのり 1978年に岡山県庁入りし、出納局長、備中県民局長など歴任。2015年に井原鉄道専務に就き、今年1月から現職。大阪大経済学部卒。里庄町新庄。63歳。
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