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パリ美術展に被爆体験ノート出品 福山の広中さん、父との死別描写

体験をまとめたノートのコピー。父の背中に突き刺さったガラスはペンチを使ってもなかなか抜けなかった

パリでの作品展示が決まった広中さん。現在は語り部として福山市内外で平和を訴えている

 5歳の時、広島で被爆した福山市の広中正樹さん(78)が、自らの体験を絵と短文で記したノートが、フランス・パリで9月に始まる美術展に出品される。原爆投下直後の様子を生々しく伝え、大やけどを負い亡くなった父親とのやりとりも残る。広島は6日に原爆投下から73年を迎える。平成最後となる原爆の日。広中さんは「原爆の悲劇を二度と繰り返してはいけないという思いを世界の人たちに訴えたい」と話す。

 美術展は、日本アートを紹介する「Art(アール) Brut(ブリュット) Japonais(ジャポネ)II」。東京都とパリが姉妹友好都市提携を結んでいる縁で、2度目の開催。美術の専門外の人の作品を展観する。広中さんは以前、福山市で展示されたノートが美術展関係者の目に留まり、出品が決まった。

 ノートは2部に分かれ計60ページほど。1945年8月6日、広島市己斐町(現広島市西区)の自宅近くで被爆した当時を思い起こしながら、2002年につづった。被爆者が高齢化して年々減っていく中、記憶を目に見える形で残し、伝えたいという思いから書き上げた。美術展には、1ページずつA4判に拡大コピーし、色鉛筆で色づけしたものを出品する。

 原爆が破裂した直後の黄色い光やきのこ雲、全身焼けただれ皮膚が糸くずのように垂れ下がった人が「水をください」と助けを求める姿などを、絵と文で表している。

 通勤途中に被爆した父・一(はじめ)さん=当時(37)=が大やけどを負って自宅に戻り、背中に突き刺さったガラスを抜くよう家族に頼む場面も詳細に記述。「背中にガラスがくいこんでいた」「僕はペンチをにぎりガラスの破片を抜いてあげたがペンチがスベッテ仲々ガラスが取れなかった」という文章が、その場面を描写した痛々しい絵に添えられている。

 必死に看病する母親や、父親の死期が迫ったのを悟り泣く自身の姿などが続いた後、白い布を顔にかぶせられて横たわる一さんが描かれている。

 ノートのコピーは、11年前に始めた語り部活動にも使う。紙芝居のようにめくったり、スクリーンに映し出したりして見てもらい、平和の大切さを訴える。一さんとの死別を語るときは今も涙があふれるという広中さん。「自分と同じような思いをする人を出さないためにはどうしたらいいのか、パリで作品を見た人にも考えてほしい」と願う。

 Art Brut JaponaisII 専門的な美術教育を受けていない人が独自の発想や感性で創造した作品を展示するアート展。東京都などの主催で、2010年に続いて開催される。前回は約10カ月で12万人を動員した。今回はパリ市のアル・サン・ピエール美術館で9月8日から来年3月10日まで開かれ、日本人52人の約640点が展示される。
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