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豪雨の濁流 木つかみ一晩耐える 総社の国道 警備員14人流される

14人が流された総社市日羽の国道180号で亡くなった2人を追悼する全国警備業協会の青山会長(手前)ら。道路右側を流れる高梁川から濁流が押し寄せた=21日午後0時59分

亡くなった辻村茂さん

 西日本豪雨のさなかの6日夜、総社市日羽の国道180号で、交通規制に当たっていた警備員ら14人が増水した高梁川に流され、2人が亡くなった。助かった人たちは河川敷の木をつかむなどして一晩、濁流に耐えたという。生還した警備員の益田守啓さん(36)=岡山市北区=と、井口裕二さん(36)=同市南区=が当時の状況を語った。

 2人によると、総社市に大雨特別警報が発令されていた6日午後8時すぎ。高梁川沿いの国道180号を通行止めにする作業のため、岡山市の警備会社の10人が規制現場に到着した。

 道路は既に膝の辺りまで冠水していた。規制の範囲を広げる必要があるとして、道路を管理する国土交通省の指示を待っていたが、水の勢いは増し、同9時半ごろには胸まで達した。現場では警備員のほか、立ち往生していた一般車両の男女4人も身動きが取れなくなっていた。

 全員、30分ほどガードレールにつかまっていたが、耐えきれず、次々と濁流にのまれた。

 益田さんと井口さんは、溺れて方向感覚が分からなくなったが、河川敷に生えていた木や竹をつかみ、必死に水面まではい上がった。周囲に明かりはなく一面暗闇。雨と濁流の激しさは収まる気配がなく、寒さも感じるほどになった。声から周囲には、自分たち以外に10人いると分かった。「大丈夫か」と12人で励まし合い、それぞれ自分の名前を声に出して安否確認を続けた。

 つかんだ木竹だけを支えに、益田さんと井口さんは激流に耐えた。長い夜が明け、周囲の状況が分かるようになると、自力で岸にたどり着いた仲間が、流れてきたタイヤとロープを使って姿の見えた人を救出していた。2人も助け出され、近くのガソリンスタンドに駆け込み家族に電話した。緊張の糸が切れ、涙を流しながら無事を報告した。

 生死のはざまで井口さんは「このまま天国の母の元に行ってしまうのかな」との思いが頭をよぎり、益田さんは子ども4人の将来を案じ「絶対に生き延びる」と誓ったという。「極限の状態でたまたま木竹につかまることができたのは、奇跡のようだった」と振り返る2人は全身の筋肉にダメージを受けたが、近く仕事に復帰できる見通しだ。

 行方が分からなくなっていた同僚の辻村茂さん(63)=岡山市=と浅越克正さん(67)=同市=は、後に遺体で発見された。益田さんと井口さんは「ガードレールにしがみついていたあたりまでは警笛を鳴らして安否を確認していたが、途中から反応がなくなってしまった。全員で生き延びたかった」と無念さをにじませた。

    ◇

 14人が流された総社市日羽の国道180号では21日、全国警備業協会の青山幸恭会長が献花し、亡くなった2人を追悼した。青山会長は「身長に迫る高さまで水が押し寄せたとは想像もできない。2人が亡くなったという反省材料があるので、災害におけるわれわれの役割をもう少し考えないといけないのかもしれない」と話した。
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