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真備で豪雨災害直面した本紙記者 2階まで浸水「家族絶対守る」

自宅2階で救助を待つ間に妻が撮影した倉敷市真備町地区。左奥に見えるのが井原線高架=7日午前9時26分

 西日本豪雨で深刻な被害を受けた倉敷市真備町地区。同地区に住む山陽新聞の記者も自宅が2階まで浸水、家族とともに懸命に避難し、救出を待った。

 6日、梅雨前線の影響で県内でも雨が降り続き、記者が担当する総社市も災害対策本部を立ち上げ、警戒態勢に入った。

 同日午後9時ごろ、倉敷市真備町箭田の自宅に帰宅。同10時半、雨が強くなってきた。自宅から南へ300メートルほどの実家に住む母親(71)から「避難せんでええかな」と電話があるが、父親(74)は足が弱いため「逆に危ない」と避難を止めた。

 同11時半を回った頃、雷のような爆発音と地響き。家の窓ガラスが破れそうなほど揺れた。現場へ急行すると、濁流の中の工場が燃えていて、土手を挟んだ数軒から火の手が上がっていた。しばらくすると携帯電話のエリアメールで「小田川河川氾濫発生」の知らせ。応援の記者に引き継ぎ7日午前1時すぎ、急いで自宅へ車を走らせる。

 自宅近くの道はすでに膝の高さほどの濁流だった。車を置き、歩いて家を目指すが、側溝に落ち全身ずぶぬれ。車に戻り、走れそうな道を見つけて高台に車を止め、決壊位置から遠い方面に回る。「家族は絶対守る」。覚悟を決めて自宅を目指した。

 胸まで漬かりながらやっとのことで自宅に到着。中学2年生と小学6年生の娘2人と妻にライフジャケットを着けるよう指示し、車庫にあるカヤックで実家に向かった。大声で呼ぶと、2階から返事がありひと安心した。

 その後も水位の上昇は止まらない。最悪の場合、小田川の土手の高さまでいく。亡くなった祖父が「2階の軒と土手が同じ高さ」と話していた。そこより高い場所なら助かる。

 そう思った時、自宅が心配になった。明るくなった午前4時半ごろ再び自宅に戻ろうとしたが、屋内に入れていたカヤックを出すことができず断念した。そのうちに2階の床に水が到達した。同8時ごろだろうか。まず母親を屋根に上らせ、父親はカヤックに乗ってもらうことにした。

 「そのうち救助に来てくれる」。そう楽観視していたのは、浸水範囲が自宅周辺だけと思っていたからだ。3時間ほどたったころ、屋根に上ってみた。自宅が見え、2階の窓に娘2人がしがみつき、笛を鳴らしたり、「助けてー」と叫んだりしていた。

 消防署のボートが見えたのは、さらに2時間以上経っていた。両親を含め、近隣に取り残されていた高齢者5人全員が救助されるにはさらに1時間半ほどを要した。すぐさま、井原線の高架を通って自宅前に接近。「もうすぐ助けが来るから」と娘を励ました。

 妻と2人の娘が救助されたのはそれから3時間後の7日午後5時半ごろ。ボランティアのボートで助けられたという。高台に止めていた車で避難所に向かう途中、ニュースでまだ多くの人が取り残されている事実を知る。「小田川は逆流するけーこえん(怖いん)じゃ」。祖父の言葉を、もう少し早く思い出しておくべきだった。

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