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秀家と豪姫 もなかで“再会”表現 八丈島の住民団体が商品化へ

八丈島の住民グループが商品化を目指す岡山、石川両県ゆかりのもなか。秀家の命日に試験販売された=東京・八丈島

 東京・八丈島の住民グループが岡山、石川両県にちなんだもなかの商品化を目指している。八丈島は岡山城を築いた戦国大名・宇喜多秀家(1572~1655年)の流刑先で、秀家が治めた岡山と妻・豪姫の出身地である金沢にゆかりの素材を使うことで、2人の再会を表現。島の新たな名物として今春にも発売する計画だ。

 グループは秀家の顕彰活動に取り組む「八丈島久福会」。近年、島内に残る秀家の足跡をたどる歴史ファンの増加とともに、関連の土産を望む声が寄せられているという。

 あんを提供する木下製餡(あん)(東京都板橋区)は、先代が岡山県内で修業した兄から“岡山の味”を受け継ぎ独立。板橋は明治初期に赦免された宇喜多家の子孫が島から移り住み、豪姫の実家である加賀藩前田家が江戸下屋敷を構えた地でもある。秀家の供養塔が立つなど両家との縁が深いことから依頼を受け、皮は金沢市のメーカーに発注した。

 商品名は、秀家が島で名乗った号から「久福めおと最中(もなか)」とする予定。あんと皮を別々に包装することでパリッとした食感が保てるのが特徴で、昨年11月20日に秀家の命日の鎮魂祭に合わせて行った試験販売では40箱を完売した。

 久福会事務局の高橋秀子さん(64)は「夫婦を象徴する岡山と金沢ゆかりの素材が、購入者の手で結ばれて完成する仕掛けにした。島を代表する土産として売り出すとともに、2人の固い絆にももっと光を当てたい」と話している。

 秀家は関ケ原の戦いに敗れて1606年に流刑となり、亡くなるまで約半世紀を八丈島で過ごした。豪姫はともに島に向かうことを望んだといい、金沢に戻された後も夫の身を案じ、生活物資を送り続けた。
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