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津山線の開業119年

「中國鉄道の開始」=1898(明治31)年12月21日水曜日付「山陽新報」1頁

「中國鉄道案内記」=1898(明治31)年12月21日水曜日付「山陽新報」4頁

中國鉄道開業の広告=1898(明治31)年12月21日水曜日付「山陽新報」5頁

 けふの天気をさいはひに
 中國線の汽車に乗り
 煙残して岡山を
 あとに玉柏、野々口や
 金川つぎに箕地なる
 トンネル過ぎて建部駅
 鉄橋渡れば作州路
 しあわせよしや福渡
 弓削の焼酎名も高く
 つぎは美作誕生寺
 源空上人の出生地
 名さへめでたき亀の甲
 久米の皿山さらさらに
 名残も尽きぬ津山駅
 川の向ひの津山町
 千代とことほぐ鶴山に
 城跡残りて名もゆかし

 『中鐵九十年のあゆみ』から「中國鐵道唱歌」を引用した。1900(明治33)年4月14日に開業した建部駅が出てくるので、開業から11年ほどたってからつくられたものなのだろう。“汽笛一声新橋を”で始まる、よく知られた「鉄道唱歌」は全国規模で流用され、たくさんのご当地鉄道唱歌を生んだ。

 岡山市・津山間34哩(マイル)76鎖(チェーン)が開業日したのは、1898(明治31)年12月21日だった。当日の「山陽新報」は1頁に「中国鉄道の開始」を載せ、4頁はまるごと「中國鉄道案内記」としている。写真はまだ使われていない。「岡山市停車塲」や「管掛(かんかけ)の掘鑿(くっさく)」、「岩子の藪」、「福渡の隧道(ずいどう)」、「誕生寺の池」、「津山停車塲」は墨で描かれている。

 岡山市駅は岡山気動車区がある辺りで、山陽鉄道岡山駅からは500メートルほど離れていた。「管掛の掘鑿」は旭川を俯瞰(ふかん)する玉柏・牧山間。「岩子の藪」は野々口駅の金川側で、国道53号線を見下ろすあたり。「福渡の隧道」は福渡・神目間の、国道53号線の横に見える福渡トンネル延長505.8メートル。「誕生寺の池」は江戸時代、大庄屋の河原善右衛門(かわら ぜんえもん)が住民のために掘った溜池(ためいけ)のひとつ。津山駅は現在の津山口駅だ。

 それらを眺めながらイギリス生まれの蒸気機関車が、56.247キロメートルを2時間半で結んだ。ところがナス・ミス・ウィルソン社製タンク機関車が引き、岡山市駅を午前11時に発車した一番列車4両編成は、どの駅でもたいへんな歓迎を受け、津山駅に着いたのは午後2時だったという。どの駅前もアーチの門で飾られ、花火も打ち上げられた。

 汽笛一声ヒュー、さっても便利の世じゃないか、ずっしり利益を標繩(しめなわ)と共に、かけたる鉄道の、その乗りはじめ初春の、戸毎に立つる門の松、株も栄えて幾かへり、汽車の往き来の、絶え間なき、開業祝うて『中國鐵道万歳』縁とえにしの末永く、ゆるがぬ御代の礎(いしずえ)を、共に祝うていさみけり

 年の改まった1899(明治32)年1月8日、後楽園で開業式が華やかに催された。そこで芸姑が披露したのが「中鐵開通の歌」だ。119年前の冬、岡山と津山の間にはどんな風が吹いていたのだろう。津山線の線路端で耳を澄ませてみたい。

 ◇

 小西伸彦(こにし・のぶひこ) 吉備国際大外国語学部外国学科准教授。専門は産業考古学と鉄道史学。著書に「鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道」「みまさか鉄道ものがたり」(ともに吉備人出版)など。1958年総社市生まれ。香川大経済学部卒。
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