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人から人へ感染する「同調行動」 たまには行列に並んでみよう

東京駅前の菓子店にできた長い行列。東京ではありふれた光景だ

 久しぶりに行列に並んでみました。出張のついでに、今話題のお菓子を買ってきて欲しいと妻に頼まれたからです。東京駅に隣接する百貨店にそのお菓子を売っているお店はありました。ちょうど、山形に行く仕事があり、東北新幹線に乗る前に下見に行ったところ、お店の中にそれほど長くない行列がありました。5、6メートルでした。あ、これなら帰りに余裕で買えるなと思い、その時はその場をあとにしました。

 山形の帰りに再び東京駅のその百貨店に向かいました。改札を出てすぐに飛び込んできたのは百貨店の外を取り巻くように出来ていた行列でした。まさか、と思い近づくと、お目当てのお店のユニフォームを着た女性が最後尾というプラカードを持ってその行列の後ろに立っていたのです。あとで気づいたのですが、私が前日に見たのは、お店の中の店舗に一番近い行列の先頭であって、お店の中では他のお客さん達の移動を妨げないように、途切れ途切れの行列を構成していたのです。私が前日に見た行列は、長い時間並んだ末に、やっと店舗の前に来た、その時の先頭集団の行列だったのです。

 妻との約束だし、期待を裏切ってはいけないと思い、めったに行列に並ばないのですが、覚悟を決めて待つことにしました。並ぶこと50分ほど、そこにたどり着くまでにいろいろなことに気づき、考え、教えられました。

 はじめは、なぜ人は行列をしてまで、時間という対価を払ってまで何かを獲得しようとするのかです。私は基本的にはその店のアレを食べたいと思っていても、行列を見るや否や諦めて他の店を選択するタイプです。テーマパークも行列に並んでまで楽しみたいと思いません。ですから、妻からは「あなたとはテーマパークには二度と行かない」と新婚時代に言われたほどです。私は並ぶ人の神経が知れないと思っている部類の人間なのです。ではなぜ人は並ぶのか。

 統計では、行列が大好きという人は15%ほどとなっています。しかし、行列に並んだことがある人は80%以上で、多くの人が行列は好きではないが、行列に並んでしまうのです。行列が好きか嫌いかと、行列に並ぶか並ばないかは別問題なのです。心理学ではこれを同調行動という言葉で説明しています。同調行動とは、周囲との調和を取るために、自分の意見や行動を周りと合わせようとする行動です。そこには、「何があるかわからないのでとりあえず同じ行動をとる」「人と違うことをして周りの人に嫌われたくない」という心理が働いているということだそうです。

 50分並んでいるとこれを証明するようなことがおきました。2組のカップルが旅行の帰りなのか、私の後ろに並んですぐにこんな会話を始めたのです。「お土産はここで買おう、電車までまだ時間もあるし、いいんじゃないかな」と、そして、私に「何が一番人気なんですか」と聞いてきたのです。とりあえず、行列に並んで、それから情報取集ときたのです。なんなんだこの人たちは、と思いましたが、まさにこれが同調行動なんでしょうね。さらに私が答えようかどうしようかと考えていたところ、そのカップルの中の男性が「だめだよ、そんなキャリーケースを持っている人に聞いたって」と言ったのです。これは卑屈な考えかも知れませんが、田舎から東京に出張中のおじさん(私)に聞いたって、何が人気かなんて知らないだろうと、思われていると取れたのです。カチンときたのでスマホでホームページを見せて、どの商品が定番で、限定品はどれかなど詳しく説明してあげた次第です。

 私は目的を持って並んでいるんだ、みんなが並んでいるから並んだあなたたちとは志が違うんだと、意地になっている私がいました。同調行動は、行動感染とも言われます。まさに人から人に感染するんですね。行列は行列を呼ぶことは、経営学のマーケティングにも応用されていて、かつて海外からアイスクリームのチェーン店が来た時に、学生だった私も行列に並ぶアルバイトに誘われたことを思い出しました。いわゆるサクラです。

 次に、行列に並んでいる時の私の心の変容です。時間が経つにつれて、期待値が増していくのです。これだけ無理をして、時間を費やしたのだから、きっと美味しいに決まっていると。さらには、行列に並ぶと、きっと期待以上の価値があるだろうと、ある種の錯覚さえ覚えることもあるそうで、結局は私はその通りになり、頼まれていた数の3倍の商品をお土産として買ってしまったのです。まさに、せっかく並んだのだから美味しいに決まっていると思い込んでしまったのです。50分という時間の間に。

 特に日本人は根源的に「多数派になりたい」「ほかの人と同じでありたい」「間違っていたくない」と考える傾向があるため、冒険せずにできる限り誰かと同じ行動をして安心したいという心情を抱きやすいそうです。だからこそ、こんな風にも考えたのです。それは、人に流されて、多数意見の空気に流されて、そこには自分の意思や、価値観はないのではないかと。もし美味しくなかったら、「美味しくない」と大勢の前で言えるのかと。もちろんお店の前で言う必要はありませんが。

 実は、私が行列に並んだ直後に、やはり観光客風の団体に写真を撮られたのです。もしかしたら岡山、香川からの観光客で私のことを知っていて撮影したのか、行列そのものが珍しかったのか。本当のことはわかりませんが、こんな行列に並んでまで買い求める人たちが不思議と言われたようにも思ったのです。普段の私なら、写真を撮った方の立場だったから、なおさらそう思ったのかも知れません。

 評論家の山本七平さんは、『「空気」の研究』という本を出しています。「空気」はある種の絶対権威のような驚くべき力を振るうことがあると説いています。あらゆる論理や主張を超えて人々を拘束する怪物のような存在になることがあると。だからこそ、大多数が賛成する意見に、そうではないと言える、水を差す勇気が必要な時もあると書いています。

 戦争に突き進むことになった時も、時代の空気に水を差すことがもはやできなくなった。なぜ反対できなかったのか、反対と思っていても、意見を言えない空気が支配していた。その空気が時としてもつ恐ろしさについて考察しています。自分の意見や主張よりも、他の人と同じである安心を優先し、意見を戦わせてまで場の調和を乱したくないと言う、危うさに対する警鐘でもあると私は思っています。人に流され、世論に流され、流行に踊らされる。これは今に始まった事ではないのです。

 ただ、お土産を買うための行列に50分並んだだけで、様々な考えがよぎりました。ちょうど衆院選が終わったばかりですが、選挙においても、この同調行動はよく当てはまると思いました。希望の党になぜ風が吹いて、いつからこの風は止んだのか。立憲民主党への風はなぜ吹いたのか。新聞各社は様々な分析をしていますが、自分の意見で、周りに流されないで一票を投じた人が何人ぐらいいたのか。行列に並んでみて改めて自分は自分らしく一票を投じられているのかとも考えたのです。人が並んでいるからではなく、自分の考えや主張、価値観、下調べをした上で、確信を持って行列に並ぶ。そうならなくてはいけないのではと。

 人は、私も含めて、失敗したくない、間違いたくないと思うものです。誰も入っていないお店よりは、少し賑わっているようなお店に入ってしまいがちですね。みんなが右なら右でいいやと思うこともありますよね。それでも、大切な時には立ち止まってしっかりと自分の意見や思いを伝えられる人間になりたいと思うのです。「赤信号みんなで渡れば・・・」なんて言葉が流行った時代がありました。そんな生き方は楽かもしれませんが、即座に「危ない、ダメだよ」と言えるようになってこそ、その先に成熟した社会があるのではないでしょうか。まずは一人一人が自分の意見に正直になり、さらには他人の違った意見も聞く寛容な心を持つ。価値観の多様性、ダイバーシティーの現代に一番必要なことのように思うのです。

 行列に並んでみて、社会の動きや人々の心模様について少し考える時間を持てたように思います。たまには行列に並んで、客観的に並んでいる自分を俯瞰で見てみるのも、いいかもしれませんね。

 ◇

多賀 公人(たが・きみと) コミュニケーションコンサルタント。瀬戸内海放送でアナウンサー兼プロデューサーとして28年務めた後、ユイ・コミュニケーション・ラボ(株)を設立。企業・団体を対象に映像を使ったコミュニケーション研修トレーナーや、商品PR・ブランド広報戦略のコンサルタントとして活躍中。現在も瀬戸内海放送や山陽放送でキャスター兼コメンテーターとしてレギュラー多数。プロゴルファー石川遼選手の「ハニカミ王子」の名付け親でもある。1963年玉野市生まれ。
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