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私を悩ませる「見えない壁」

「女性/男性」「既婚/未婚」…など私たちの周りに数多く存在する「壁」が仕事と家庭の両立を阻んでいます

 このコラムでは、女性たちの想いを取り上げています。初回は自分自身の心の中の問題、2回目はパートナーとの関係性の問題をテーマにしましたが、今回は範囲を広げて社会からの影響について取り上げてみたいと思います。

 前職、岡山大学では女性研究者を支援することが私の仕事でした。日本の大学における女性研究者の比率は諸外国と比べて大変低い水準にあるので、大学で働く女性が出産や育児と研究との両立問題で辞めることなく、それを可能にするための環境を整える、多くの女性の幸せにつながるような仕事に、価値を持って取り組んでいました。女性支援の先駆けとして十数年前から国立大学を中心に始まった活動は、時を経てすべての女性が仕事も家庭も両立できる社会のため「女性活躍推進法」として実を結び、働きやすい環境へと変わりつつあるように感じています。実際多くの大学でも、女性研究者の研究を補助する制度、病児保育施設などさまざまな取り組みがなされ、少しずつですがその割合も高くなってきています。
 
 しかし、ある時こんな声が届くようになります。Aさん(30代後半)は、パートナーは他の地域に住んでいて、直接会うのは月に1度程度です。彼も同じ研究者なので、公私ともに良きパートナーだといいます。しかし、女性支援の動きをみると、少し気になることがあるというのです。

 「女性支援のイベント等にかかわらず、女性が新聞、雑誌などに掲載されると、その人の仕事内容、専門領域等のプロフィールに加えて、最後に『夫、子供〇人』などの家族欄が記載されていることが増えた。この家族欄の意味ってどういうことなのだろう。これだけじゃないけれど、女性支援という言葉を聞くと、仕事もして結婚もして、子供もいて全部もってなきゃいけないの?と思わされる。仕事と結婚しているだけじゃ、ダメなのかな?」
 
 他にもこんな声が。「この支援対象の中に含まれない女性たちがいる。結婚や出産を選択していない人。なのに、女性支援といわれると違和感がある。どの女性を指しているのか。女性を分けて考えるべきなのでは?」

 さらにまたこんな声も。専業主婦で二人の子供を育てている人からは、「女性支援って聞くと、専業主婦が悪いみたいに聞こえる。それに働いてないの?って最近よく言われるようになった。なんで?って思う。夫も望んでないし。でも、なんか圧力をかけられてる感じ」

 ついに、この支援対象とされている人からも。「支援はとてもありがたい。だけど、女性という理由で仕事が増えているんだよね…。委員とか役職を引き受けさせられる」

 最後に男性から。「女性だけを対象にした支援とか、セミナーに女性限定とか、理解できない。逆差別じゃない?」

 この仕事に携わりながら考え続けていました。「自分のしていることは何だろう。女性たちがどの道を選択しても悩んでしまう構造になっているのではないか。どう理解したらいいのか…」と。そんなある日、ウィルフレッド・ビオンという心理学者が「Caesura セズーラ」という言葉を使っていることを思い出しました。「区切り」という意味で、私たちの周りにたくさん存在する「現在/未来」「健康/病気」「正気/狂気」等、二つを隔てる一種の「壁」のようなものです。ビオンは「こうした『分けること』は心の発達や社会で生きていくためには必要であるけれど、人はそのセズーラを作り、それを乗り越えて、セズーラ間にあるギャップを埋め、連続性があることを認めなければならない」と語っています。

 私たちはこの仕事と家庭という問題についても、まず「女性/男性」というセズーラを作り、さらに「既婚女性/未婚女性」などセズーラを増やし、一部の女性だけの問題であってすべての人の問題ではないと考えようとしています。でも、セズーラとその連続性を意識すると、この世界の中で、両立問題が存在しない人は果たしているのかと思うのです。

 そもそも仕事と家庭の両立は女性だけの問題ではないはずです。しかし違和感がない「女性の両立問題」という表現には女性にその両方を課し、女性自身もそれを引き受けていると理解できます。しかし、その結果は前回、前々回のコラムでもあるように個人の悩みや、パートナーとの関係悪化につながっている場合が少なくないのではないかと私は思っています。

 そこで私は「女性の両立」ではなくて、「夫婦の両立」という言葉の使用を提案することで、この問題におけるセズーラを少し乗り越えられるような試みを進めています。

 ◇

 小畑千晴(おばた・ちはる)徳島文理大学心理学科准教授。臨床心理士。武庫川女子大学大学院修了後、岡山大学男女共同参画室助教。ドメスティックバイオレンス、摂食障害、女性の両立問題などをテーマに研究を行う。勤務先が徳島のため、岡山市在住の家族とは週末生活を送る。1973年岐阜県生まれ。
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