文字

「岡山歴史のまちしるべ」探訪③

【写真①】なかなか由緒ある雰囲気の建物ですね

この道の先、ずっと向こうの見えないほどの所にあるのが西手櫓です

迷子しるべ

素軒屋敷櫓跡。いかにも防御壁、という感じです

相生橋水位観測所。どうですか、なんだか「ザ・遺跡」というふうではありませんか?

 10月です。9月はどうお過ごしだったでしょうか。大型台風が来て、ものすごい風にわが家屋も文字通り震えました。ただ、もうかなわない、というような残暑は感じられませんでしたが、いかがでしょう。東京あたりではまた違ったお天気だったようですが、晴れの国は気持ちのいい初秋だったように思います。山の上にある大学の校舎が、本当に真っ青な空に突きあがっている様は、つい見とれるほどです。自転車でヘーヘー言いながら上がって来て、さらに階段を200段越えてヒーヒー言いながら登ってきたところで見るこの景色はすてきです。夏場にはこれを考えるだけでも嫌になるのですが、今頃は秋っていいなぁと思ってしまう瞬間でもあります。

 では、「岡山歴史のまちしるべ」の続きです。路面電車が京橋の方へ曲がる所まで来ています。路面電車が曲がってすぐにある写真①の建物、御存知の方も多いと思います。岡山銘菓「大手まんぢゅう」伊部屋さんです。このお店がここにあるというのは、このお店の前、少し入ったところが、岡山城の正面玄関口である大手門だったからです。逆ですね、大手門のあるところにお店があったから、この饅頭の名前になったわけです。まちしるべ番号は20です。看板が立っている所は、おそらく大手門があった場所からはズレているようですし、付近もまったくその面影を見せる構造物はありません。ただ、西手櫓(やぐら)の石垣までまっすぐに見通せる道路に面して看板が立ててあるのですが、その距離感は、往時の岡山城の大きさを実感させられます。

 少し電車道までもどって、京橋へ向かいます。京の都へ向かう岡山からの出発点がここ京橋で、この橋がここにあるのも大手門前だからですね。この橋のたもとにあるまちしるべが、「京橋水管橋」です。1904(明治37)年に建設された水道管を渡す橋です。近代水道の導入は、岡山市は全国8番目だったそうで、県内残存最古の鋼トラスト橋で、国の登録有形文化財です。また、近くには1681(延宝9)年の橋脚が展示されています。面白いのは、このまちしるべの横にある、迷子しるべの石碑です。一方に「たつぬる方」、反対側に「志らする方」とあります。京橋がランドマークだったことをうかがわせます。

 ここから橋を渡らずに、旭川の西側を北上していきます。すぐにあるのが、「世界で始めて空を飛んだ 表具師幸吉之碑」です。ライト兄弟より110年以上も前に京橋の上から飛んだんだそうです。岡山の小学校では教えてくれているのでしょうか。なにか鳥人間コンテストみたいなことをやって、もっと知ってもらってもいい偉業ですよね。岡山の誇りです。

 まちしるべは「夏目漱石」があらわれます。夏目漱石? なんでも、遠い親戚がこの案内板の近くに居られたそうで、漱石はそこへ明治25年に来たんだそう。そしてこの岡山から、落第して退学しようとしていた親友の正岡子規に「なくならば 満月になけ ほととぎす」という翻意の句を送ったということです。暴風雨で旭川が氾濫して、天神山に8日間も避難したということも書かれています。台風だったんでしょうか。昔は旭川は結構氾濫したようです。

 この辺りはずっと緑道公園になっていて、相生橋まで続きます。旭川の流れを前に、緑陰が気持ちのいいところです。ほんとうに岡山ってところは、ちょこちょこと良い場所がありますね。

 相生橋までの間にあるのが、「東門跡」と「素軒屋敷櫓(そけんやしきやぐら)跡」です。旭川河川敷の防衛線ですね。「素軒」というのは近くに住んだ京極万吉という人の号だそうです。といわれてもまったくピンときませんが…二の丸が付近にあったようです。

 そして、「岡山県立商業学校跡」と「相生橋」です。商業学校は現在の県立岡山東商業学校で1898(明治31)年開校だそうで、今の県庁がある所に校舎があったということです。この案内板の後ろに、国土交通省の水位観測所というのがあります。国交省というので近代的、あるいはそっけないコンクリの構造物を想像されたかもしれませんが、ツタが覆うレンガ造りの円筒形の建物で、説明板などが無いのでいつの物かはわかりませんが、ちょっとした趣があります。

 で、相生橋ですが、みなさんご存知でしたか?この橋、最後の藩主池田章政(あきまさ)の金婚記念事業として同家が明治37年に建設・命名したんだそうです。私は思わず「ヘーッ」と言ってしまいました。明治になるとなんでもかんでも一斉に近代化されたとイメージしてしまいますが、まだまだ「江戸時代」があったんですね。殿様はズゴイ! 歴史を勉強する者として、時代の移り変わりということに対する感覚というものを改めて考えました。

 ◇

 志野敏夫(しの・としお)大阪生まれ。中学高校は奈良県の生駒です。1995年4月から、岡山理科大学に。阪神大震災の年です。2008年、「おかやま自転車ネット」を立ち上げました。現在、岡山理科大学経営学部経営学科教授。専門は歴史。金印や卑弥呼、神社のことを研究しています。
My記事保存

【自転車で、岡山を!】の最新記事

ページトップへ

ページトップへ

facebook twitter rss

▼山陽新聞社運営サイト
さんデジタウンナビ | 岡山の医療健康ガイド | マイベストプロ岡山 | 47CLUB | さん太クラブ | おかやまリフォームWEB | LaLa Okayama
山陽新聞カルチャープラザ | 建てる倶楽部 | 山陽新聞進学ガイド | 山陽新聞プレミアム倶楽部 | まいられぇ岡山 | 囲碁サロン
▼関連サイト
47NEWS | 今日のニッポン
掲載の記事・写真及び、図版などの無断転記を禁じます。すべての著作権は山陽新聞社、共同通信社、寄稿者に帰属します。

Copyright © The Sanyo Shimbun. All Rights Reserved.