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猪熊弦一郎の戦争画を戦後初公開 9月、丸亀で画業検証の展覧会

戦後初公開される猪熊弦一郎の作戦記録画「◯◯方面鉄道建設」(1944年、東京国立近代美術館所蔵、無期限貸与作品)(c)公益財団法人ミモカ美術振興財団

猪熊弦一郎(撮影・高橋章)

 丸亀市ゆかりの画家猪熊弦一郎(1902~93年)が太平洋戦争中、旧日本軍の依頼で描いた作戦記録画が9月、同市浜町の市猪熊弦一郎現代美術館で戦後初めて公開される。ミャンマーの泰緬(たいめん)鉄道の建設現場を取材した「◯◯方面鉄道建設」で、連合国軍総司令部(GHQ)の接収を経て東京国立近代美術館の倉庫に“封印”されていた。猪熊の戦争画では唯一現存する大作とされ、画家が生前ほとんど語らなかった戦時の足跡を知る手掛かりになる。

 仏パリでアンリ・マチスに学んだ猪熊は、第2次世界大戦の勃発を受け帰国。41~43年にかけ、従軍画家としてフィリピンやミャンマーへ3度赴いた。

 幅約4・5メートルもの大作「◯◯方面鉄道建設」は、44年の陸軍美術展で発表。パリ時代の奔放でモダンな画風とは一変し、作業を指揮する日本兵や腰布を巻いた現地の労働者、木々がうっそうと茂る密林などが丹念に描かれる。国威発揚、戦意高揚といった意図は読み取りにくいが、敗戦後、ほかの画家の戦争画と共に米国で保管された。

 70年に全153点が無期限貸与で東京国立近代美術館に返還されたものの、公開は遺族や周辺諸国への配慮から控えられてきた。戦後70年を機に同館がまとまった展示に踏み切り、猪熊弦一郎現代美術館でもこれまで手つかずだった戦時の画業を検証する展覧会を企画。そのメインとして出品される。

 同館の古野華奈子学芸員は「丁寧な筆致から依頼を受けた画家としての誠意が感じられる。モチーフや表現が制限される中、描かずにはいられなかったのではないか」と話している。

 「猪熊弦一郎展 戦時下の画業」は9月16日~11月30日。猪熊が従軍先で風景や人々を描いた油彩画のほか、多数の戦争画を描いて戦争責任を問われた藤田嗣治からの手紙なども初公開する。

 いのくま・げんいちろう 高松市出身。旧制丸亀中(現丸亀高)を経て東京美術学校(現東京芸術大)西洋画科中退。戦前はパリ、戦後は20年間ニューヨークを拠点に制作し、その後はハワイと東京を行き来した。絵画のほか多彩なジャンルで活動し、小説新潮の表紙絵を40年間描き、百貨店三越の包装紙のデザインを手掛けた。80年勲三等瑞宝章、91年丸亀市名誉市民。
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