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高杉晋作像「命削った大仕事」 伊勢崎淳さん 父の思い出語る 

高杉晋作像の制作を追った写真を見ながら、当時の思い出を語る伊勢崎淳さん

全身を5分割し、下から順に積み上げながら成形していった

このために改修した蔵の天井からつり下げた板に座り、晋作像の顔を仕上げる陽山氏

筆で晋作像の設計図を描く伊勢崎陽山氏。座った姿の写真から立ち姿を想像したという

試作された高さ50センチの像と、3倍に拡大した等身大像。実際の陶像はここからさらに3倍にして制作された

焼き上げた陶像のパーツを下関まで運ぶトラックに載せる。友人、知人も巻き込んでの大仕事になった

下関市・日和山公園で盛大に行われた晋作像の除幕式。陽山氏はここで初めて全体像を見たという

 「まさに父が命を削った大仕事だった」―。備前焼細工物の金字塔とも言える故伊勢崎陽山氏の「高杉晋作像」。3年に及ぶ制作の全ぼうを捉えたモノクロ写真63枚を前に、次男で人間国宝の淳さん(81)は苦難の連続だった大作との格闘を振り返る。

 細工物の名手として、小さな置物だけでなく、地元ゆかりの政治家らの陶像も多く手掛けた陽山氏。天皇家に和気清麻呂像を献上したこともあり、その実績を買われての依頼だった。だがこれまでにない大仕事には周到な準備を要した。「蚕を飼っていた自宅の蔵を新たに仕事場に改修。窯も大きなパーツが入るように入り口を広げ、天井高を上げた」と淳さん。

 中でも「一番の重労働だった」のが、土作り。まず、さまざまな場所の土で焼成テストを行い、変形しにくく、発色の良い土を探した。そこから数トンもの土をきねでついて粉にし、足で踏んで練り、ひも状に伸ばす。気の遠くなるような作業は、淳さんと兄の故満さん(岡山県重要無形文化財保持者)、近所の人も協力した。

 実制作では、高さ50センチの像から等身大像、さらに実際のサイズへ―と3倍ずつ拡大。「等身大像は2体作り、入念に修正を加えていったようだ」。制作が本格化すると、満さんは大学を辞めて手伝いに専念。表面の土が程よい柔らかさの状態を見計らい、頭部や胴、足など五つのパーツをヘラで削って成形。ひび割れを防ぐため、ひたすら木づちでたたき締めたという。

 焼け色に統一感が出るよう表面に塗り土を施し、通常約1週間の窯焚きは、2週間かけてじわじわ焼き締めた。写真には、窯出しを終えた陽山氏が両手で晋作像の顔をなでている1枚がある。「ずっと緊張状態にあったから、無事完成しほっとしたんでしょう」

 像はパーツのまま下関市まで陸送され、関門海峡を見渡す日和山公園で組み立てられた。除幕式で初めて全体像を見たという陽山氏は4年後、他界する。「晋作像は父の集大成の一つ。このとき作品と向き合う姿勢を背中で教えてもらった」と懐かしむ淳さん。「貴重な写真はデジタルデータ化し、地域に残したい」と話している。
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