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「人間裁判」朝日さんの日記発見 津山出身、逆転敗訴に憤りつづる

朝日さんの日記。高裁で逆転敗訴が言い渡された1963年11月4日には無念さと憤りをつづっている

在りし日の朝日茂さん(撮影年月日不明)

 津山市出身の朝日茂さん(1913~64年)が生存権を定めた憲法25条に基づき社会保障の在り方を問うた「朝日訴訟」で、生活保護の基準額は低すぎて違憲とした原告勝訴の一審判決を覆し、逆転敗訴となった63年の高裁判決当日に朝日さんがつけた日記が、10日までに見つかった。NPO法人朝日訴訟の会(岡山市)によると、高裁判決に関する朝日さんの記述が確認されたのは初めて。「裁判官は憲法にのみ忠実でなければならない筈(はず)なのに、全く憲法の理念をおき忘れている」「不届(き)至極」などと無念さや憤りをにじませている。

 日記はA5サイズのノートで、結核のため岡山県早島町の国立岡山療養所(現国立病院機構南岡山医療センター)で療養中の朝日さんが、手紙の発着信や来客者の名前などを記録。大半は1日4、5行程度だが、高裁判決日の11月4日だけは3ページにわたり、その日の様子や思いを克明に書き留めていた。

 判決当日について朝日さんは「精神緊張のせいか血痰(けったん)が多く、いつもより赤い」と体調不良を訴え、支援者から判決内容を聞かされる場面では「(支援者は)部屋に入ってもニコリともしない。敗(ま)けたなと思った」と述懐。判決に対しては「政府に縦(従)属した政治的判決」「殊更に憲法25条(に関する判断)を避けている」と厳しく非難しつつ「国民の皆さんが、この真実がふみにじられた判決がそのまま正しいものと理解されるのが残念」とつづっている。

 日記は、昨年10月に80歳で亡くなった養子の健二さん=東京都=が保管していた膨大な関連資料の中から今月、朝日訴訟の会が発見。64年2月5日を最後に途絶えており、朝日さんはその9日後の14日に死去した。

 岡山大名誉教授で同会会長の岩間一雄さん(79)=赤磐市=は「ただでさえ病状が進む中、敗訴で朝日さんが受けた痛手の大きさが生々しく伝わる極めて貴重な資料だ。政府が生活保護費の基準額引き下げを進め、社会保障が切り捨てられようとする今だからこそ、あらためて朝日さんの心情に思いをはせてほしい」と話している。

 同会は、「人間裁判」とも呼ばれた訴訟の資料を集めた記念展示室の開設準備を岡山県民主会館(岡山市北区下伊福西町)内で進めており、朝日さんの命日を前に、13日午後5時にオープンさせる。日記を初公開するほか、当時の裁判官から寄贈された一審判決の起案書、高裁判決直前までの手記など約60点を展示する。見学には事前の申し込みが必要。問い合わせは同会(086―255―1299)。

 朝日訴訟 結核を患い国立岡山療養所に入所していた朝日茂さんが、受給していた生活保護の基準額が低すぎて「健康で文化的な最低限度の生活」を保障した憲法25条に違反すると訴え、1957年に国を相手に起こした行政訴訟。60年の一審東京地裁判決は憲法違反を認めたが、二審東京高裁で敗訴。最高裁でも争われたが、本人死亡のため67年5月、裁判は打ち切られた。訴訟を契機に生活保護費は段階的に引き上げられ、日本の社会保障推進運動の原点となったといわれる。一審判決に関しては朝日さんの手記が出版されている。
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